― モンテッソーリ的な「関わり」の考え方 ―
観察できても、声をかけるのが一番むずかしかった
観察の大切さは、少しずつ分かってきました。
でも次にぶつかったのが、これでした。
「このあと、何て声をかけたらいいんだろう?」
・黙って見ていていいのか
・励ました方がいいのか
・間違いを伝えるべきなのか
正直、観察よりも
声かけの方がずっと難しいと感じていました。
モンテッソーリの声かけは「導く」ものではない
以前の私は、
声かけ=導くもの、だと思っていました。
・こうするといいよ
・次はこうしてみよう
・それは違うよ
でも、モンテッソーリの考え方に触れてから、
声かけの目的が変わってきました。
答えを教えることではなく、
子どもが自分で考える余地を残すこと。
声をかける前に、ひと呼吸置く

今でも意識しているのは、
声をかける前に、少しだけ待つことです。
その数秒で、
・本当に今、声が必要か
・子どもは考えている途中ではないか
を自分に問いかけます。
待ってみると、
意外と子どもは自分で次の行動を選びます。
私がよく使っている声かけの形
① 評価しない声かけ
以前は、つい言っていました。
「すごいね」
「上手だね」
でも今は、こんな言い方をすることが増えました。
「ここまでやったんだね」
「さっきより、長く集中してたね」
結果ではなく、
事実や過程をそのまま伝える声かけです。
② 考えを引き出す声かけ
うまくいかなかったとき、
すぐに答えを言わないようにしています。
「どうしようと思った?」
「次はどうしたい?」
最初は、
子どもも戸惑うことがあります。
それでも、
自分の考えを言葉にしようとする姿が
少しずつ見られるようになりました。
③ 気持ちに寄り添う声かけ
感情が大きく動いているときは、
指示やアドバイスはしません。
「悔しかったんだね」
「うまくいかなくて、嫌だったね」
気持ちを受け止めてもらえると、
子どもは落ち着いてから考え始めます。
あえて声をかけなかった場面

以前、
何度も失敗している子がいました。
声をかけたくなる気持ちをぐっと抑えて、
少し離れて見ていると、
その子は自分で方法を変え、最後までやり切りました。
あとで、
「できたね」と言うと、
とても誇らしそうな表情をしていました。
声をかけないことも、
立派な関わりだと感じた瞬間です。
声かけは、うまくできなくていい
正直、
今でも言いすぎてしまう日があります。
あとで、
「今の言い方、違ったかもな」
と思うこともあります。
でも大切なのは、
気づいて、またやってみることだと思っています。
モンテッソーリ的な声かけは、
テクニックではなく、姿勢です。
まとめ|声かけは、子どもを信じる言葉
観察のあとにかける言葉は、
子どもを動かすためのものではありません。
・考える力を守るため
・自分で選ぶ経験を奪わないため
・信じていることを伝えるため
もし今日、
一言でも「待つ」ことができたなら、
それは十分な一歩だと思います。


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