──誤解されやすさと、現場で感じた難しさの話
「モンテッソーリって、先生が何もしないんですよね?」
「放っておくだけで、本当に育つんですか?」
保護者の方や、同僚の先生から、こんな言葉を聞いたことがあります。
正直に言うと、現場に入る前の自分も、どこかでそう思っていました。
でも実際に関わってみると、
モンテッソーリ教育は「何もしない」どころか、
とてもエネルギーを使う、考えることの多い教育だと感じています。
この記事では、
- なぜ「何もしない教育」と誤解されやすいのか
- どんなときに「うまくいかない」と感じやすいのか
- そして、万能ではないという現実
この3つを、実体験を交えて書いてみます。
なぜ「何もしない教育」だと思われがちなのか
大人が“動かない”場面が多く見えるから
モンテッソーリの現場では、
先生が前に立って一斉に教える場面がほとんどありません。
・子どもが自分で活動を選ぶ
・困っても、すぐに手を出さない
・注意や指示が最小限
外から見ると、
「先生、見てるだけ?」
「これでいいの?」
と思われやすいのも無理はないと思います。
本当は「見ている」ことが仕事
ただ、実際にやってみるとわかります。
見ているのは
- 何に惹かれているか
- どこでつまずいているか
- 今は関わるべきか、待つべきか
何もしないのではなく、判断を保留している状態なんですよね。
これが、慣れないうちは本当に難しい。
「うまくいかない」と感じやすい場面
子どもが落ち着かないとき
理想では
「環境が整えば、子どもは集中する」
でも現実には、
- その日の体調
- 家庭での出来事
- 年齢や発達段階
いろいろな要因が重なって、
全然集中しない日もあります。
そんなとき、
「環境が悪いのかな」
「関わらなさすぎた?」
と、こちらが迷子になりやすい。
声をかけない=正解、と思い込んでしまう
私自身、最初にやってしまった失敗がこれでした。
「モンテッソーリだから、声をかけちゃいけない」
「待つのが大事だから、何も言わない方がいい」
結果、
子どもが困っているのに、
助け舟を出すタイミングを逃してしまったこともあります。
“待つ”と“放置”は違う
この線引きが、本当に難しいところです。
すべての子・すべての家庭に万能ではない
合う・合わないは、確かにある
モンテッソーリ教育は素晴らしい考え方ですが、
正直に言うと、万能ではありません。
・大人の関わり方に一貫性が必要
・環境づくりにエネルギーがいる
・「すぐ結果が見える教育」ではない
家庭でも、園でも、
生活リズムや価値観によって
「しんどい」と感じることはあります。
大事なのは「取り入れ方」
全部を完璧にやろうとすると、苦しくなります。
でも
- 観察してから関わろうとする
- 子どもを一人の人として尊重する
- 先回りしすぎない
この考え方の一部だけでも、
日常は確実に変わります。
モンテッソーリ教育の難しさは「大人が変わること」
モンテッソーリ教育が難しい理由は、
教具でも、理論でもなく、
大人の関わり方が問われ続けることだと思っています。
・つい口を出したくなる
・早くできるようにさせたくなる
・結果を求めてしまう
それを一度立ち止まって考える。
この積み重ねが、簡単なはずがありません。
だから、うまくいかなくて当然です。
まとめ

- モンテッソーリは「何もしない教育」ではない
- うまくいかないと感じる場面は、誰にでもある
- すべての子・家庭に万能ではない
- だからこそ、考え方を少しずつ取り入れるのが大切
もしこの記事を読んで、
「完璧じゃなくていいんだ」
そう思ってもらえたら嬉しいです。


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