それでも、モンテッソーリを手放さなかった理由

現場でのつまづき記録

一度は「離れよう」と思ったこと

正直に言うと、
モンテッソーリ教育から一度は距離を置こうと思ったことがありました。

日本の教育現場、とくに一斉教育が基本となっている環境の中で、
モンテッソーリの考え方は合わないのではないか、
そんな不安が頭をよぎったからです。

「小学校に行ったとき、集団行動ができずに困るのではないか」
「自由にさせすぎると、わがままになるのではないか」

そんな話を耳にすることもありました。

また、現場での子どもとのかかわりも簡単ではありませんでした。
できないことや、間違っていることをすぐに修正しない。
危なっかしく見えても、すぐには手を出さない。


それでも残った「ひとつの視点」

それでも、モンテッソーリを学んだからこそ
自分の中に残った視点があります。

それは、
子どもを操作しようとしなくなったということでした。

「怒られないように言うことを聞かせる」のではなく、
「なぜそれをしないのか」「どうして今はできないのか」を
言葉で伝えるようになった。

子どもを従わせるのではなく、
理解しようとする関わり方に、少しずつ変わっていきました。

もう一つは、
子どもを見る目が変わったことです。

「できない子」という見方を、
しなくなりました。

どうせできないからやらせない。
失敗するから大人が先にやってしまう。

そうした考えが、
自分の中から少しずつ消えていきました。

今は、
「まだできていないだけ」
「やり方や時間が合っていないだけ」

そう考えるようになっています。


完璧じゃなくても続けていい、と思えた瞬間

もちろん、今でも完璧にはできていません。
うまく関われなかった日もあります。

それでも、
「できないときがあってもいい」
そう思えるようになったきっかけがありました。

子ども同士で話し合ったり、
トラブルが起きたときに
「どうしようか」と考える姿が見られるようになったのです。

すぐに大人を呼ぶのではなく、
すぐに手が出るのでもなく、
自分たちの言葉で気持ちを伝えようとする姿。

数か月たつと、
嫌なことがあったときに
手を出したり、先生に叱ってもらおうとする姿が減っていきました。

完全ではありません。
でも、確実に「変化」はありました。

その姿を見たとき、
完璧にできなくても、
この考え方を続けていっていいのだと思えました。


同じように悩んでいる方へ

この記事を読んでいる方の中には、
理想と現場のずれに悩んでいる方や、
どうしたら子どもの成長につながるのかを
日々考えている方もいるのではないでしょうか。

モンテッソーリ教育は、
いつも正解を出してくれるものではありません。

迷うことも、立ち止まることもあります。

それでも、
考え続けているなら、
悩みながら関わっているなら、
あなたはもう十分に向き合っています。

完璧じゃなくていい。
あなたの形で、続けていい。

この文章が、
同じように悩む誰かの背中を、
少しでもそっと支えられたら嬉しいです。

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