教具がなくても大丈夫。モンテッソーリ教育の考え方と、子どもへの関わり方

考えたこと・振り返り

モンテッソーリ教育が気になって、ここに来たあなたへ

「モンテッソーリ教育って、なんだか良さそう」
「でも、難しそうだし、ちゃんとできる自信がない」

もし今、そんな気持ちでこのページを開いたなら、
それはとても自然なことだと思います。

私自身、現場でモンテッソーリ教育に触れながら、
何度も「本当にこれでいいのかな」と立ち止まってきました。
うまくいかない日もあれば、理想と現実のギャップに悩むこともありました。

この記事では、
教具の話ではなく、考え方や子どもとの関わり方に絞って、
モンテッソーリ教育についてお伝えします。


モンテッソーリ教育とは何か(ここでの考え方)

モンテッソーリ教育は、
「子どもは、自分で育つ力を持っている」という考え方を土台にしています。

ここで大切なのは、
子どもを教え込む存在として見るのではなく、
自分で育とうとする存在として見る、という視点です。

※この記事で扱うモンテッソーリ教育は、
特定の教具を使うことを前提にはしていません。


モンテッソーリ教育の基本的な考え方

子どもは「教えられる存在」ではない

現場で子どもを見ていると、
「教えなくても、ちゃんと考えているな」と感じる瞬間があります。

大人が先回りして答えを出さなくても、
時間をかけて、自分なりのやり方を探している姿です。

モンテッソーリ教育では、
その力を信じて待つことを大切にします。


大人の役割は「教える」より「整える」

最初は、
「何も教えなくていいなんて、無責任じゃないか」
と思ったこともありました。

でも実際は、
何もしないのではなく、よく観察し、環境を整える

子どもが自分で取り組めるように、
邪魔にならないように、
必要なときだけ関わる。

これは思っている以上に、難しくて、勇気のいることでした。


自由と放任は違う

モンテッソーリ教育の「自由」は、
何でも好き勝手にすることではありません。

・相手を傷つけない
・自分や周りを大切にする

その土台があった上での自由です。

ここを勘違いすると、
「うまくいかない」「合わない」と感じやすくなります。


モンテッソーリ教育が目指しているもの

モンテッソーリ教育の目的は、
「言うことを聞く子」を育てることではありません。

・自分で考える
・選ぶ
・失敗して、立て直す

そんな力を、時間をかけて育てていくことです。

すぐに結果は見えません。
でも、ある日ふと、
「子ども同士で話し合っている」
「自分の気持ちを言葉にしようとしている」
そんな姿に出会うことがあります。


モンテッソーリ教育のメリットと、現場で感じた変化

モンテッソーリ的な関わりを意識するようになってから、

  • 集中して取り組む時間が少しずつ伸びた
  • すぐに大人を頼らず、まず自分で考える姿が増えた
  • トラブルのあと、言葉で伝えようとする場面が出てきた

完璧ではありません。
でも、確実に「変化」はありました。

そして何より、
大人である私自身の関わり方が変わったことが大きかったです。


モンテッソーリ教育の誤解と、難しさ

正直に言うと、
モンテッソーリ教育は「楽」ではありません。

・待つのがつらい
・うまくいっているのか分からない
・周りに理解されにくい

そんな場面も多くあります。

また、すべての子・すべての家庭に
そのまま当てはまるものでもありません。

だからこそ、
完璧にやろうとしないことが大切だと感じています。


モンテッソーリ教育は、どんな人に向いている?

向いている・向いていないを分けるとしたら、
それは子どもではなく、大人の気持ちかもしれません。

  • 子どもを信じてみたい
  • すぐに答えを出さなくてもいいと思いたい
  • 叱るより、関わり方を考えたい

そんな思いが少しでもあれば、
モンテッソーリの考え方は、きっと役に立ちます。


家庭や現場でできる、最初の一歩

特別なことをしなくても大丈夫です。

・子どもをよく観察する
・すぐに手や口を出さない
・「なぜそれをするのか」を伝える

まずは、これだけで十分だと思っています。

完璧な環境より、
安心して探求できる雰囲気の方が大切です。


まとめ|モンテッソーリ教育は「特別な教育」ではない

モンテッソーリ教育は、
何かを足す教育ではなく、
大人が少し立ち止まる教育だと感じています。

うまくできない日があってもいい。
迷いながらでも、続けていい。

この記事が、
「子どもへの関わり方を、少しだけ見直してみよう」
そう思うきっかけになれば嬉しいです。

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