観察って、実際に何を見ているのか

現場でやってみたこと

― モンテッソーリ的に子どもを見るということ ―

「観察が大事」と言われても、正直よく分からなかった

モンテッソーリ教育に触れると、
必ずと言っていいほど出てくる言葉が「観察」です。

でも正直に言うと、最初はこう思っていました。

「観察って、何を見るの?」
「じっと見ているだけでいいの?」
「記録とか、分析とか、必要なの?」

保護者の方も、保育者の方も、
一度は同じところで立ち止まるのではないでしょうか。

私自身も、
「ちゃんと観察できていない気がする」
「これで合っているのか分からない」
そんな不安を抱えながら、現場に立っていました。


モンテッソーリの観察は、特別なことじゃない

先に結論から言うと、
観察は、難しい技術ではありません。

モンテッソーリ教育で言う観察は、

・評価することでも
・正解を見つけることでも
・記録を取ることでもありません。

「この子は、今、何をしているんだろう」
「どんなふうに考えているんだろう」

そんな視点で、
少し距離を取って子どもを見ることです。


私が観察するときに見ているのは、この3つだけ

① 今、何に時間を使っているか

まず見るのは、とてもシンプルです。

・どんな遊び・活動を選んでいるか
・どれくらいの時間、取り組んでいるか

集中しているのか、
途中でやめるのか、
何度も同じことを繰り返しているのか。

そこには、
「今、その子が必要としていること」が
そのまま表れていると感じています。


② 困ったとき、どうしようとしているか

うまくいかない場面こそ、よく見ます。

・すぐに大人を見る
・黙って考え続ける
・友だちに声をかける
・怒ったり、投げ出したりする

どれも、その子なりの「助けを求める形」です。

以前の私は、
困った瞬間にすぐ声をかけていました。

でも、少し待ってみると、
意外と自分で立て直そうとする姿が見えてきました。


③ うまくいかなかったあと、どう立ち直るか

実は、ここが一番大切だと感じています。

・やり直そうとするのか
・誰かに頼るのか
・別のことに切り替えるのか

失敗したあとの姿には、
その子が今まで積み重ねてきた経験が表れます。

「失敗しても大丈夫だった」
そんな記憶がある子ほど、
もう一度挑戦しようとします。


観察していると、関わらない選択が増えていく

観察を続けていると、
だんだん「声をかけない場面」が増えていきました。

以前は、
・危なくないか
・間違っていないか
・早く終わらせた方がいいのでは

そんな気持ちで、
つい先回りしていたと思います。

でも、観察していると、

「今は、見守っていて大丈夫そうだな」
「声をかけると、集中を切ってしまいそうだな」

そう感じる瞬間が増えていきました。

何もしないのではなく、
必要なときまで待つ

これは、実際にやってみると
思っている以上に勇気がいります。


観察が変わると、大人の気持ちも変わる

観察を意識するようになってから、
私自身の気持ちにも変化がありました。

・「正しくさせなきゃ」という焦りが減った
・叱る前に、一度立ち止まれるようになった
・子どもを信じようとする余裕が生まれた

子どもを変えようとしなくなった分、
自分の関わり方を見直すようになったのだと思います。


観察がうまくできない日があってもいい

正直に言うと、
毎日うまく観察できているわけではありません。

忙しい日もあるし、
余裕がない日もあります。

そんな日は、
「あ、今日はあまり見れていなかったな」
と気づけるだけで十分だと思っています。

観察は、
完璧にやるものではなく、続けるものです。


まとめ|観察は、子どもを信じる準備

モンテッソーリ教育における観察は、
子どもを管理するためのものではありません。

・子どもを理解するため
・余計な関わりを減らすため
・信じて待つ準備をするため

そのための、大切な時間です。

もし今日、
「この子、今こんなことを考えているのかもしれない」
そんなふうに感じられたなら、
それはもう立派な観察だと思います。

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